BB_nouriN’s blog

静岡県西部の山守一族

日本における大規模農業の根本的問題

以前書いた内容「大規模農業は日本では無理 - BB_nouriN’s blog

について補足しながら追記していきたいと思いましたので。

 

まず結論から。

 

大規模に農業経営をするなら、富の分配を念頭に置いて経営しなければならない。これができないのであれば、日本であろうと世界であろうと結果は同じ。

 

これが日本において大規模農業が無理だという理由です。

 

農地の集約化。これは問題ではありません。高効率化されるということは喜ばしい。日本の農作物の生産は8倍まで増やすことが可能とされています。それだけの潜在能力が日本にはあります。

 

単純に8億人が食べるのに困らない量です。日本の人口は1億人なので、7億人分は余るので輸出すればいい。

 

なぜそれが出来ないのか。それは農地の問題でもなく、生産能力の問題でもない。その根底にあるのは食品ロスです。

 

農業は自然との闘いです。上手くできる時もあれば全く駄目な時もある。キャベツの値段が一球100円の時もあれば800円になったりする事もある。そういう激しい変動の中で農家は生きています。

 

ただ、どちらの時が農家にとって良いのかと言えば、800円の時の方が良い。これは様々な意見があると承知していますが、どちらの状況の方がロスが少ないのかといえば、これは間違いなく後者です。1000円で売れるのであれば、出来が悪くても収穫する。100円でも売れないのであれば、畑に捨てる。そういう事です。

 

販売価格が高い時には食品ロスしない。販売価格が安いと食品ロスする。一生懸命作れば作るほど食品ロスする。

 

食品ロスというのはコンビニや飲食店だけの問題ではなく、それを生産する現場でも事は起こっている。もったいないけどお金にならないから捨てる。これは日本人の精神ではない。

 

作物は畑に捨てられても次の作物の栄養になるだけなので、トータルではロスしていない。ただ、労働や賃金という目線で見ると、明らかなロスが生じている。

 

これは私の個人的見解ですが、農家は6割の収量を維持できればで生活できる。現在の農業(生産から販売まで)全体を見るとそういう構図になっています。大っぴらに言えば10割を作る必要はない。

 

では、なぜ農家は、割の合わない作業をしてまで10割の生産を達成しようとするのか。

 

それは消費者が1円でも安くお腹いっぱい食べられるように。

 

その思いだけです。

 

以前、小学校の給食を見て、何だこれはと思いました。量が少なすぎやしませんか?と。学校の給食費は徐々に上がるのに、ロスは増えるばかり。そのツケが子供たちにまで及んでいる。お腹いっぱい食べられない子が大きく元気に育ちますか?

 

農家はそういう未来も全て背負って仕事をしている。8億人をまかなえるはずの日本の農業が、自国の1億人すら満足に食べさせられない。

 

これほどのロスがどこで発生しているのでしょうか。

 

仲卸業者と輸送です。

 

大規模化をすると、この問題は避けて通れません。農業に限った話ではなく、工業に於いても同じことが言えます。

 

平成16年「新潟中越地震」これにより、地元の工場が3日間生産をストップしました。部品が来ない。それだけの理由です。これを機に、部品調達先の分散化が積極的に行われる事になります。

 

もしこれが農作物だったらどうでしょうか。3日間食べられない。

 

工場は生産を止めた事により、3日分の収入をロスしたわけですから、社員の3日分の御飯代をロスしたのと同じです。

 

これと同じ事を、農業で考えると、農産物を最も集約している場所はどこでしょうか。

そして、それを分配している場所はどこでしょうか。

 

ここに集中するから安定しないのです。最大のロスはそこで生まれている。

 

これが私の今現在の見解です。

 

あらてめてみますと、なぜ日本で大規模農業が難しいと思われるのか。その理由のひとつが「輸送」です。

 

大規模になればなるほど農産物や食品は一カ所に集中します。では、災害時にはそれをどうやって運べば良いのでしょうか。北海道のじゃがいもは九州に届きますか?九州のさつま芋は北海道に届きますか?

 

道路が寸断されたのであれば空輸すれば良い。たしかにそうかもしれません。

 

輸送の安定を確保する事。これが優先事項になるわけですが、はたしてそれが出来るのかどうか。

 

災害大国である日本で、大規模農業をするとどうなるか。日本は世界で最も大規模化が難しい場所と言っても過言ではないと私は思います。

 

もうひとつの理由は、日本の国土はそのほとんどが山間地であるために、平地が極端に少ない事です。ただ、これは生産力にはマイナスに働かず、むしろプラスです。山間地は水源となり、川は森林からの養分を下流域の平地に運びます。それを作物が吸って大きく成長する。多くの山間地という土台があってはじめて「日本の農業」は成立しています。

 

この水が、8億人分あるという事です。一生懸命に井戸を掘ったとして、これに達するまでにどれだけかかるのか。人が生きる上で水源は最も重要なものです。日本にはそれがある。これには感謝しかない。

 

その平地は今現在、何のために使われているのか。農地を減らすという事は、食べ物を減らすということです。少ない農地をさらに少なくしてどうしようと言うのでしょうか。生産効率を上げればいいと? 米は一年に5回獲れますか?

 

工場で生産するという選択肢もあるかもしれません。が、これには電力問題が絡んできます。露地栽培を無くすということは、電気が止まったら食べ物が無くなるという事です。

 

ここにきて「大規模化」というニュアンスが少し変わってきました。農地を集約化する事も悪い事ではない。であれば、やはり問題は別にある。

 

富の分配。やはりここでしょう。

 

生産された作物が、消費者に届いていない。適切に分配されていない。

 

多く獲れ過ぎると安くなるから捨てる。多く獲れるとなぜ安くなるのか。これがそもそもおかしい。収量が安定する事のない農業において、収入が安定しないのであれば農業は嫌煙されて当然です。だから借金してでもハウス栽培にしたい。少しでも生活を安定させたい。

 

このバランスが崩れたら、日本の農作物生産力は崩壊します。銀行が貸し渋るようになれば離農者は増えます。それを土台にしてきたこと自体が間違いでした。

 

直売する方が安定するってどういうことですか。農家はすでにその方向にシフトし始めていますよ。一カ所に集めるとロスが発生するという事を肌身で感じている。

 

丹精込めて作った農作物が、それを売って儲けるだけの人間に買い叩かれるなんて冗談じゃない。それならば「学校給食センター」に直で届けた方がいいでしょう?。そう思いませんか?

 

農地を集約化して整備するその目的が違ってしまっている。だからやるなと言うんです。高効率化して大量に生産して大量に廃棄する。それをもったいないと思わない。それでも良いと言うのであれば、やればいいと思います。

 

8億人分の食べ物を作れる日本で、1億人を満足に食べさせられない。

 

それが今の日本です。

 

<m(__)m>