BB_nouriN’s blog

静岡県西部の山守一族

第三次世界大戦

このタイトルはBANされないだろうか?

 

一抹の心配と共に、今の私が見ている世界を書いてみようと思います。

 

2019年の年末、私は肺炎にかかり5日間ほど寝込みました。熱は39℃超出ました。それでも不思議と辛くはなかったです。大晦日までにはしっかり回復して元気に餅つきをしました。我が家では毎年恒例の行事です。

 

年が明けて2020年の1月。第3週くらいになって、武漢での様子が伝えられるようになり、月末頃になると米軍が変な動きをしたり米国に帰国した研究者がその場でFBIに連行されたり、そんな情報を耳にして、”これは始まったな” 。そう思いました。

 

私の見ている世界では 第三次世界大戦 が 現在進行形 です。

 

この間、ふと気になって母に問いました。

 

「一般人って何をもって戦争だと認識する?」

「ミサイルが飛んで来たら戦争が始まったと思う?」

赤紙が来て徴兵されたら戦争が始まったと思う?」

NHKが開戦しましたって放送したら、戦争が始まったんだなって認識する?」

 

「もし第三次世界大戦が開戦したとしたら、それはイコール、この世界の終わりだからね」

 

これには母も納得していました。

 

核戦争になればそうなりますよね。始まり=終わり。

 

だから開戦させないようにしてる。

 

戦争をしたいグループと、戦争をさせたくないグループの争い。

 

一般人が戦争の開始を知らぬまま、この争いが終わるのであれば、それはそれで結構な事です。先の大戦では【玉音放送】が放送されて一般人は戦争が終わった事実を初めて認識したわけですから、今の状況が収束し、何事もないまま NHK が「終戦しました」と伝えてくれれば、これ幸いです。

 

日本では【江戸時代】という長い時代がありましたが、明治、大正、昭和、平成、令和、この時代をひとくくりにしたら、なんという時代になるでしょうか。

 

私は【戦争時代】だと思っています。

 

明治維新で海外から持ち込まれたもの。それが【戦争】です。日本では【戦国時代】という乱世を経て、【江戸時代】という戦争のない時代が形作られました。それはそれは平和な時代だったと思います。

 

それが壊された。今でも壊れている。壊れたままなんです。

 

戦争というと、侵略だとか殺戮だとか、そういうものを考えがちですが、今回の戦争で、戦争をしたい人達が、どうして戦争をしたいのか、その理由が明確になりました。

 

多くの人々を恐怖させたい。一人でも多く不安にさせたい。

 

奪うのも殺すのも、それ自体が目的ではない。不安にさせ、恐怖を煽り、それを愉快だと楽しんでいる。

 

2020の年初から今日までの間、世界中の人々が、どれだけ不安になり、どれだけ恐怖したか。

 

世界には【戦争に民間人を巻き込んではいけない】という決まりがありますが、そんなものは知った事ではない。そもそも、第二次世界大戦で、日本の民間人を巻き込んだのは合法だったでしょうか。大空襲で民間人が死なないとでも?原爆落として民間人が死なないとでも?そういうおかしなことを平気でやってくるんですよ。恐怖に怯え、不安に暮らす、そんな人達の様子を見るのが楽しくて仕方のない連中です。ろくなものではありませんね。

 

日本国民を、これ以上恐怖させてはいけない。不安にさせてはいけない。それが日本が敗戦という形をとった理由です。相手がルールを破ったとしても、結果的にそういう形になったわけですから、敗戦は敗戦です。戦争とはそういうものです。

 

今回の【流行病】が生み出した不安や恐怖の総量が計れるとしたら、どれくらいのものになるでしょうか。実体のないものを計量する事はできないので、何かと比較する事も出来ないのですが、経済戦争というものが、これだけの不安恐怖を生み出すということを目の当たりにして、正直驚いています。

 

お金が無くなるというだけで、人はこれ程にも不安になり、恐怖するものなのですね。

 

前段階で【仕込み】があったと言えばあったわけですが、あまりに酷い惨状です。

 

お金に依存させられていませんか? 要らぬものを与えられ、それがあれば生きられると誤認させられ、それが無くなったら死んでしまうと思い込まされていませんか?

 

世界の経済がボロボロになったところで人は死にませんよ。お金が無かったら死んでしまうなどと誤解しているのは人間だけです。特に先進国の人は酷いですね。これはもう洗脳されているといっていいレベルだと思いますよ。

 

お金がなくても衣食住ができたら死なないですから安心してください。お金が無かったら衣食住が成立しないと思っている人は、被災した時に確実に死にます。日本で被災した人が確実に死にますか?確実には死にませんよ。ちゃんと助けが来ます。日本とはそういう国です。

 

ただし、今は少し状況が違うかもしれません。被災したら助けが来ないかもしれません。それくらい余裕のない状況です。

 

お金がなくても生きられる。被災した状況でも生きられる。そういう生活を想像して再現してみてください。いきなりできるわけではないので、徐々にで良いと思います。出来そうにないことは人に聞いたり、助けてもらったり、協力したりしましょう。

 

大丈夫です。生きられます。

 

そもそも、今の人は【死】というものを怖がり過ぎです。これもひどく誤認させられてきたから仕方のない事ですが、【死】んでも大丈夫です。【死】というものがどういうものなのか、それすら教えないから当たり前の事がわからない。【死】んでみないとわからない。

 

だから怖いと思ってしまうんです。不安になるんです。

 

これも【仕込み】に入っているので、戦争をしたい連中というのは、本当に厄介です。

 

不安にさせたい怖がらせたい、それだけのためにそこまでしますか・・・。って感じですね。そもそもが違うようなので仕方のない事なのですが、どうしても理解できません。

 

【金】や【物】や【死】に執着するのはやめましょう。今この瞬間を【生きる】事に執着してください。あれをやっておけばよかったな。これをやっておけばよかったな。そんな生き方をしていませんか。今日という一日をやり切って終わりましょう。

 

日々此れ一生

 

こんなに的を得た言葉はないです。毎日をやり切って死んだように寝て、起きたら生き返ってまた一日をやり切る。毎日死んで毎日生き返る。そんな生き方をしていたら、今この瞬間に死んでも悔いは残りません。

 

それを、なんとなくで過ごしていたら、何のためにその身体を持ってこの世界に生まれてきたのか、わからないまま終わってしまうじゃないですか。

 

それを自ら意図してやっているのであればけっこうな事なのですが、自ら意図しない事を、嫌だ嫌だと思いながらも仕方なくやっているのであれば、それは要らぬ我慢です。

 

時に我慢が必要な事もありますが、たいていの場合は必要ありません。我慢が人を幸せにすることは無いです。自分が不幸せになれば周りの人も不幸せになります。我慢が我慢を生んでしまっては良い事にはなりません。

 

今回もまとまった感じがしないまま、途中になってしまうのですが、この辺で一旦終わりにさせていただきます。

 

毎度毎度中途半端になってしまって申し訳ないのですが、随時書き足して行きたいと思いますので、宜しくお願いします。

 

<m(__)m>